PMP試験の勉強で覚えた用語をかみ砕いて理解するための記事
1. 導入 ― 用語の概要と背景
- 費用便益分析 (Cost Benefit Analysis, CBA) は、ある投資やプロジェクトの意思決定を行う際に、発生するコストと得られる便益を貨幣価値で比較し、実施の是非を判断する評価手法。
- PMPでは主に統合マネジメントとプロジェクト選定の場面で登場し、PMBOKⓇガイドでは「プロジェクト選定技法」「ビジネスケース作成」「コストマネジメント計画立案」の中で利用される。
- 実務では、開発フレームワーク導入可否・クラウド移行判断・業務プロセス改善イニシアチブなど、幅広い場面で使用。
2. 詳しい説明 ― 費用便益分析とは?
- ステップ整理
ステップ | やること | 具体例 | CBAメインツール / アウトプット | 関連PM資料(任意) |
---|---|---|---|---|
1 | 目的と評価期間を定義 | SaaS移行なら「5年で評価」など | 評価方針メモ | プロジェクト憲章草案* |
2 | 関係者・成果物範囲を特定 | 財務・IT・運用部門 | ステークホルダー一覧 | RACI図 |
3 | コスト項目を洗い出しキャッシュアウト試算 | 初期投資、運用費、教育費 | コスト見積りシート | — |
4 | 便益項目を貨幣換算しキャッシュイン試算 | 売上増、コスト削減 | 便益見積りシート | — |
5 | 割引率を設定しNPV・ROI・Paybackを算出 | 割引率10% | NPV/ROI計算ワークシート | — |
6 | 感度分析で仮定変動の影響を評価 | 為替変動±5%で試算 | 感度分析シミュレーション(トルネード図) | リスク登録簿ドラフト |
7 | 結論と推奨アクションをまとめ合意取得 | 実施推奨・リスク共有 | CBAレポート | 承認サインドック |
*プロジェクト憲章草案はCBAの正式アウトプットではなく、評価範囲と前提をスポンサーと共有する補助資料として位置付ける。
表で各ステップを俯瞰すると初心者でも全体像を掴みやすい。特にコスト・便益の”貨幣換算”がハードルになりやすいので、テンプレート化した見積りシートを活用すると作業がスムーズ。
ステップと費用便益分析要素の対応関係
ステップ | CBA の位置付け | 具体的に担う役割 |
1. 目的・評価期間 | 分析境界設定 | 投資から得る価値を計る“ものさし”と期間をそろえ、NPVなど後続計算の前提を固める |
2. 関係者・範囲特定 | インプット収集 | 便益・コストの情報源(財務/IT/運用)を決定し、漏れや重複を防ぐ |
3. コスト洗い出し | キャッシュアウト定義 | 投資額・維持費・リスク対応費をリスト化し、将来キャッシュフロー(マイナス)の基礎を作る |
4. 便益換算 | キャッシュイン定義 | 売上増やコスト削減を金額化して正味キャッシュフロー(プラス)を形成 |
5. 割引率設定・指標算出 | 経済性指標計算 | 時価値を考慮しNPV/ROI/回収期間を算出、投資妥当性を数値化 |
6. 感度分析 | 不確実性評価 | 主要仮定を変えて結果への影響を測定し、リスク対応策の優先度を整理 |
7. 結論と合意取得 | 意思決定&ベースライン化 | 分析結果をスポンサーに提示し、選択肢を比較。承認後はスコープ/予算の公式根拠となる |
こう捉えると: 各ステップは“キャッシュフローを作る→時価値を調整→不確実性を確認→意思決定する”というCBAの王道フローに一対一で紐付く。表を参照しながら読み進めると、単なる計算プロセスではなくプロジェクトガバナンス全体の一部として機能していることが理解できるはずだ。
- プロジェクト管理への効用**
- 定量的根拠で投資優先度を示し、スポンサーの意思決定を加速
- 後工程での期待値ギャップを減らし、リスク登録簿への入力精度を向上
- 知識エリアとの関連
- 統合マネジメント: プロジェクト憲章・ビジネスケース作成時に使用
- コストマネジメント: 予算策定の裏付けとして活用
- リスクマネジメント: リスク応答選択でコスト対効果を評価
3. 実務での適用例
※(筆者の体験ではなく、例です。)
- シナリオ: SaaS型予約システムをオンプレミスからクラウドへ全面移行する案件。
- コスト試算: 初期移行費1,200万円、年間ランニング400万円、5年評価。
- 便益試算: サーバ保守内製コスト▲300万円/年、障害停止時間削減による機会損失回避▲200万円/年、スケールアップで新規顧客増収+250万円/年。
- 分析結果: NPV +580万円、ROI 48%、Payback 2.7年 → 移行投資が妥当と判断。
- 効果: 実際の移行後、障害件数が半減、マーケ部門が即時スケール出来る環境を獲得し、売上が計画比110%に到達。
4. アンチパターン ― 費用便益分析を使わなかった場合の問題点
※(筆者の体験ではなく、例です。)
- 失敗例: 経営判断のみで高額AIレコメンドエンジンを導入。分析なしで決定したため、想定ユーザ利用率が低く、年間サブスクリプション費用900万円が無駄コストとなった。
- 影響: 本来予定していたマーケ施策に投資できず、プロジェクトROIがマイナスに転落。導入後6か月で撤退を決定し、撤去費用とペナルティで追加300万円発生。
- リスク顕在化: 便益の裏付け不足が原因で、ステークホルダー信頼が低下し、後続プロジェクトの承認フローが硬直。
5. 学びと今後の展望
- 費用便益分析は意思決定の客観的物差し。
- モンテカルロシミュレーションやリアルオプション分析と組み合わせれば、環境変動リスクへの耐性が上がる。
- 次に学ぶと良いトピック: NPV計算のディスカウント率設定、ベネフィットマネジメントプラン作成手法。
6. まとめ
- 費用便益分析はコストと便益を貨幣価値で比較する評価技法。
- PMBOKではプロジェクト選定・統合・コスト・リスク各所で活躍。
- 使わないと、失敗確率と後工程コストが爆増。
7. PMP試験で出そうな問題例と解答
問題1: プロジェクト憲章策定時、スポンサーが投資判断材料として最も求めるアウトプットはどれか。
A. ステークホルダー登録簿 B. 費用便益分析結果 C. 品質マネジメント計画 D. スケジュールベースライン
解答: B
問題2: 費用便益分析でNPVがプラス、Paybackが3.5年、ディスカウント率が10%の場合、どの知識エリアのどのプロセスで最も参照されるか。
A. コストマネジメント/コスト見積り B. リスクマネジメント/リスク識別 C. 統合マネジメント/プロジェクト憲章作成 D. 資源マネジメント/資源見積り
解答: C
解説: NPVがプラスで回収期間も妥当という財務的根拠は、プロジェクトを正式に立ち上げる前の意思決定材料=ビジネスケースとして活用する。ビジネスケースは《統合マネジメント/プロジェクト憲章作成》プロセスのインプットであり、スポンサーが投資の是非を判断する最も初期のタイミングで参照される。コスト見積りやリスク識別は立ち上げ後に詳細化する段階なので優先度が下がる。
問題3: 次の手順を費用便益分析の正しい順番に並べ替えよ。
- 割引率決定 2. 便益の貨幣換算 3. コスト洗い出し 4. NPV計算
正解順: 3 → 2 → 1 → 4
解説: まずコストを洗い出してキャッシュアウトの全体像を掴み (3)、次に便益を貨幣換算してキャッシュインを算定 (2)。その上で時間価値を考慮する割引率を設定し (1)、最後に割り引いたキャッシュフローを使ってNPVを計算する (4)。この流れは「キャッシュフロー定義 → 時価値調整 → 経済性指標算出」の王道手順であり、割引率決定を後回しにするとNPV計算の前提が揺らぐため順序が崩れる。
注意ポイント: PMP試験ではNPVやROI計算の概念理解と、どのプロセス群で参照されるかが頻出。